■■■ Zapfino Extra OpenType CD ■■■
ライノタイプ・ライブラリー タイプディレクター Akira Kobayashi 氏 秘話!
Zapfino Extra(ツァプフィーノ・エクストラ)
手書きのリズムや流れをそのまま活かしたスクリプト(手書き風)書体をつくること、これはカリグラファーとしても世界的に名の知られている書体デザイナーのヘルマン・ツアップ氏の夢でした。活字時代から多くのスクリプト書体をつくってきたツアップ氏ですが、鋳造活字のさまざまな制約のせいで文字のかたちを枠のなかに押し込めるデザインを強いられることが多く、彼が本当に満足できるデザインはできなかったのです。
デジタル書体の登場後、彼はロ−マン体のデザインも手掛けましたが、一方でスクリプト書体の可能性を追求しました。枠におさまりきらないのびのびした文字をもとめて、最初の Zapfinoの試作が始まったのは 1993 年のことでした。そのときにモデルとなったのは戦時中にZapf 氏が書いたカリグラフィ作品です(Zapfino Extra のカタログに原寸大の図版が載せられています。小文字の高さは2ミリ程度です)。最初の試作は6種類の文字をプログラムが自動的にランダムに選択して組むために同じ文字が連続してあらわれることがなく、手書きのように見えるという構想ですすめられ、ライノタイプ・ライブラリ社にデザインが持ち込まれました。しかしプログラム部分が使いづらいことから文字だけを普通のデジタル書体として発売する方針に変更されました。
「発売は Zapf 氏の80歳の誕生日に間に合わせるように」という現社長 Steinert の命令どおりに、1998 年11月に誕生パーティの席上で完成したCDが Zapf 氏に手渡されたのでした。社長はそのとき Zapfino が爆発的に売れる書体になることは予想していなかったのですが、売り出してみると社長が「もっとも短期間で売り上げを伸ばした書体ではないか」と言っているほど好評でした。ワインのラベル、食料品のパッケージなど高級感の求められるものはもちろん、若手ポップシンガーChristina Aguilera のヒットCD『stripped』のタイトルにも使われるなど、予想外に広い層に使われはじめたからです。Apple 社からの要請があってMac OS X に標準搭載されたことも人気に拍車をかけたと思います。これまでのスクリプト書体にはないスピード感や奔放さが受けて世界中どこに行ってもたいていこの書体を見かけます。先日ブラジルに旅行した時も、ショッピングセンターのキャンペーンのポスターと高級宝石店のディスプレイで Zapfinoを見かけました。
OS X 搭載用の Zapfino は、Zapf 氏と私とが Optima nova の制作中に計画が決まりました。1998 年版にはいくつかミスがあったことから大幅に改良してOS X に搭載したものですが、今度の Zapfino Extra はそれをさらに改良して字種も拡張したものです。ですから現在3種類のバリエーションが存在することになりますが、1998 年版と最新版 Zapfino Extra を比較してみましょう(*図1)。傾いた大文字D、小文字エルとエルとの合字の間にあるコブ、これらは制作の途中で不幸にしておこったミスです。今回はそういった大きな修整から不要なコントロールポイントの削減など目に見えないような修整(*図2:不要なコントロールポイントの削除)まで、Zapf 氏と私がすべてに目を通し、ほとんどの文字になんらかの形で手が加わっています。修整はZapf 氏が指示を出し、私がその場でコンピュータを使って修整するというやりかたで進めました。
最初のうちは Zapf氏も「ここを細く」というふうに細かく指示を出していたが、少し経ってからは「この字を良くしろ」というだけで細かい指示を出さなくなり、また私も指示がなくとも完璧に直せるようになりました。Zapf 氏の見ているところや考えていることが解るために私はZapf 氏の右手になることができたのです。*図3は Zapf 氏と私のオフィスで、*図4は制作途中で Zapf 氏が描いたラフスケッチです。
Zapfino Extra 完成記念パーティが2003年11月14日に会社のある町 Bad Homburg で行われました。11月8日に85歳になられたZapf 氏の誕生祝いも兼ねています。場所はここ数年間 Zapfino を広告に使っているカジノのレストランです。Zapf 氏夫妻とライノタイプ・ライブラリ社長、私を含めマーケティングなど社員の主だったメンバーです。この席でライノタイプのほうから Zapf 氏に Zapfino Extra の完成版 CD の最初の一枚とカタログとが手渡されました。
今回の Zapfino Extra がこれまでの Zapfino と大きく違う点は、大幅なファミリーの拡張です。いくつか挙げます。スモールキャップの追加(*図5):これはスクリプト体では極めて異例のことですが、要望も多かったのです。アルファベット No.1 のスタイルのスモールキャップです。ロ−マン体スモールキャップと同様に略称の表記などにお使いください。ボールド体の追加(*図6):Zapfino Forte という名前で、太いウエイトが追加されました。これも太めて使っている例を多く見たので制作に踏み切ったものです。ノーマルの Zapfino と比較しておわかりのように均等に太くしているのでなく、細い部分はそのままに残してありますから優雅さを保っています。記念数字の追加(*図7中):25、50、75、100の数字の合字です。「100周年」などという時にカードやポスターに使って見栄えのするようにデザインされました。th 合字を合わせて「100th」とする手もあります。これらは ZapfinoForte にもあります。始筆部のついた小文字の追加(*図7下):これも活字時代の伝統的な形のスクリプト体にはよくあったのですが、最近のデジタル書体ではほとんど忘れられていたものです。単語の始めに用いるのが一般的ですが、小文字rの後など間の空く部分に使っても効果的です。Zapf 氏のデザインされた Zapfino Extra とZapfino Forte のカタログには、これらの使い方の良い例が載せられています。とくに日本ではスクリプト体のおかしな使い方を見かけますが、この Zapfino Extra でZapf 氏直伝のスクリプト体の使いかたをマスターしてください。
(文章)ライノタイプ・ライブラリー タイプディレクター 小林 章 氏